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2007年8月13日 (月)

けじめをつける人間目指そう

最近、けじめをつけられない人間が増えてきている。責任とけじめ、という言葉の意味を軽く考え過ぎてはいないだろうか。わたしは、けじめをきちんとつけることができる人間になりたい。年金記録の記載漏れ問題では、社会保険庁の全職員が賞与を一部返納した。しかし、これはおかしな責任の取り方だと思う。なぜなら原因が分かっていない時点での返納だったからだ。これでは法律的なけじめではない。責任を取らせるのだったら、原因に基づいた方法があるのではないかと思った。このように、責任の取り方に疑問を感じることがたくさんある。どれも、けじめという言葉の意味を取り違えている気がしてならない。これからの社会のためにも、わたしたちの世代は、けじめのつけられる人間を目指すべきだと思う。

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